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長野地方裁判所 平成5年(行ウ)5号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対し平成四年二月二四日付けでした墓地経営不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、自己所有地に分譲用の墓地を建設してその区画を二一名の者に販売することを企図した原告が、二二名(原告及び右二一名の区画譲受希望者)の共同墓地経営者の代表として、地方自治法一五三条に基づく「市長村長に対する事務の委任に関する規則」(昭和五五年三月二七日長野県規則第七号)により長野県知事から墓地、納骨堂又は火葬場(以下「墓地等」という。)の経営の許可に関する権限を委任された被告に対し、墓地経営の許可申請をしたところ、右申請は許可要件に該当しないとして不許可とされたことから、右処分は墓地、埋葬等に関する法律(以下「法」という。)の解釈を誤り、ひいては憲法二〇条にも違反し、法により被告に付与された権限を逸脱又は濫用するものであるなどと主張して、その取消しを求める事案である。

一  判断の前提となる事実

1  原告は、本件より先に昭和五八年九月二七日、被告に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の南東に隣接する土地について、ほか二三名の共同墓地経営に関する同意書を添付した上、経営しようとする理由として共同で墓地を新規造成すること、墓地を必要とする世帯数として二四世帯をそれぞれ掲記した墓地経営許可申請書を提出したところ、被告は、原告を名宛人とする同年一〇月八日付けの許可書によりこれを許可した。

(許可申請の詳細につき甲第八号証の一ないし二七、その余の点につき当事者間に争いなし)

2  原告は、平成三年六月一五日、被告に対し、本件土地について、原告及びその余の二一名の共同墓地経営に関する同意書を添付した上、経営しようとする理由として墓地希求者が適地として墓地共同経営をする旨記載した墓地経営許可申請書を提出したところ、被告がこれを受理せずに返戻したことから、原被告間で交渉及び調停が行われるなどした後、被告は同年一一月二九日、右の申請を受理した(以下、この申請を「本件許可申請」という。)。

(本件許可申請の詳細につき甲第一号証の一ないし二七、その余の点につき当事者間に争いなし)

3  本件許可申請に対し、被告は、原告を名宛人とする平成四年二月二四日付け墓地経営不許可通知書により、墓地等の経営主体は、永続性と非営利性を確保する趣旨から原則として地方公共団体とし、これにより難い事情のある場合にあっても宗教法人、公益法人等に限られ、また、対象地は、人家等ふくそう地から二〇〇メートル以上の距離を有することが必要であるが、本件許可申請に係る墓地経営(以下「本件墓地経営」という。)はいずれの要件も具備していないとの理由により本件不許可処分をした。

(当事者間に争いなし)

二  争点

1  原告適格に関する当事者の主張

(一) 被告

本件墓地経営は、表面的には原告を代表者とする共同経営の形をとっているが、その実態は土地を分筆し墓地希望者二一名にそれぞれ所有権移転(分譲)を行う共同墓地であるから、その経営の主体は原告を含む二二名の個人である。このような場合、墓地経営の不許可処分の取消しを求めて行政事件訴訟を提起するには、経営の主体である右二二名が原告となるべきであり、共同墓地経営者の代表とされているにすぎない濱安雄のみが原告となって提起された本件訴えは、不適法であるから、却下されるべきである。

(二) 原告

本件不許可処分は、共同墓地経営者の代表として申請をした原告に対してされたのであるから、処分の相手方である原告がその取消しを求め得るのは当然のことであって、それ以外の二一名までが原告とならなければならない理由はない。

2  処分理由の適否に関する当事者の主張

(一) 被告

墓地経営の許可事務に関しては、従前よりこれを所掌する厚生省から行政解釈が示され、これに依拠して運用されてきたものであるところ、経営の主体については、永続性と非営利性を確保するため、原則として市町村等の地方公共団体とし、これにより難い事情がある場合であっても宗教法人・公益法人等に限ることとされ(昭和二一年九月三日付発警第八五号内務省警保局長・厚生省公衆衛生局長連名通知、昭和二三年九月一三日付発衛第九号厚生事務次官通知、昭和四三年四月五日付環衛第八〇五八号環境衛生課長通知、昭和四六年五月一四日付環衛第七八号環境衛生課長通知)、個人墓地は、山間等人里遠く離れた場所で墓地の設けが全くなく新設の必要ある場合や、既存の墓地を利用できないような事情がある場合以外は許可しないこととされてきた(前記昭和二一年九月三日付発警第八五号内務省警保局長・厚生省公衆衛生局長連名通知、昭和二七年一〇月二五日付衛発第一〇二五号公衆衛生局長回答)。これは、墓地の設置及び埋葬が宗教的行為であるとしても、単なる人間の内心における精神的活動ではなく、外形的行為であるから、他人の権利との調整や公共の福祉による制約が必要とされるところ、国民全体の宗教的感情と深い関係がある上、公衆衛生上の問題もあることから、墓地等の経営を一般的・無条件に許容することなく、一定の主体に限定したものであり、法の目的・趣旨に照らし合理性がある。

また、墓地経営の対象地については、「墓地、埋葬等に関する法律施行細則」(昭和二四年一〇月一二日長野県規則第八一号。以下「施行細則」という。)三条二号により、人家等ふくそう地から二〇〇メートル以上の距離を有することが原則的な許可の基準とされてきた。これは、前記のような墓地設置及び埋葬の性質にかんがみ、法の目的とする国民の宗教的感情への適合及び公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障が生じないように定められたものであって、合理性がある。

墓地経営の許否は、法一〇条一項により都道府県知事の自由な裁量的判断に委ねられているところ、被告は、右に述べた従来の運用基準に準拠し、本件墓地経営が、個人を経営の主体とし、かつ、人家がすぐ隣接している土地において行われるものであることから、これを不許可としたものであり、右判断に裁量権の逸脱はなく、したがって、本件不許可処分は適法なものである。

(二) 原告

墓地経営の許可について定めた法一〇条一項は、墓地経営の主体を地方公共団体、宗教法人及び公益法人の限定するなどという規則を一切とっておらず、また、同法以外のいかなる法令においても、国民個人を墓地経営の主体から除外するような規定は全く存在しない。

また、施行細則三条は、「人家等ふくそう地より二〇〇米以上の距離を有すること」(同条二号)を墓地の新設又は拡張の要件として掲げつつも、同条ただし書において、右の距離については、「地勢の状況により公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認められる場合は、この限りでない。」と規定しているのであるから、被告の主張する右の距離要件は墓地経営許可の絶対的要件ではない。本件土地における埋葬は土葬ではなくすべてが火葬であり、本件土地を墓地とすることによって公衆衛生その他公共の福祉の上で支障が生じることは全く考えられない。本件土地は、周囲の状況からして明らかに墓地の最適地であり、これを住宅やアパート等の用地として使用することの方がはるかに不適切である。

死者をどこにどのように埋葬するかは、死者及びその遺族の宗教と深く関わることであり、宗教的行為そのものであるということができるから、死者を埋葬する場所としての墓地の選択は、信教の自由を保障した憲法二〇条の下にあっては基本的に自由でなければならず、その制約には信教の自由を侵害しない範囲内における合理的な理由が存しなければならない。しかるに、国民個人が墓地を設けることを原則として禁止し、墓地の経営許可を原則として地方公共団体及び宗教法人・公益法人等に限り与えるという厳しい限定を設けることには、いかなる合理的理由もなく、地方公共団体や宗教法人、公益法人が設置した墓地に近親者を埋葬することを国民に強制するものであって、国民の信教の自由を侵害するものである。

第三  当裁判所の判断

一  原告適格について

行政事件訴訟法九条は、処分の取消しの訴えは当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる旨を定めているところ、当該処分の相手方とされた者は、その処分により直接権利義務に影響を受ける立場にあるから、その取消しを求めるにつき法律上の利益を有することは明らかであり、原告が本件不許可処分の名宛人とされていることは前判示のとおりであるから、原告が右の意味での法律上の利益を有することはいうまでもない。

もっとも、前判示第二の一の1ないし3の各事実並びに甲第一号証の一ないし六、甲第二号証及び証人太田頼永の証言によれば、本件許可申請の申請書には、原告ほか二一名が連名により、原告を代表者と定め共同で墓地を経営したい旨が記載された「共同墓地経営に関する同意書」と題する書面が添付されており、被告としては、原告を含む二二名が申請人であって、本件不許可処分の効力も右二二名の全員に及ぶものと理解していること、本件許可申請と同様に共同墓地経営に関する同意書が添付された申請に対してされた昭和五八年一〇月の原告を名宛人とする墓地経営許可についても原告を含む二四名にその効力が及ぶものと理解していることが認められる。このように処分の名宛人として明示されておらず、許可又は不許可の処分が通知されていない者に対しても、その代表に対する処分通知により効力が生じるものと解してよいかどうかは甚だ問題であるが、その点はさて措き、仮に右申請及びこれに対する処分の効力が共同墓地経営者の全員に及ぶと解するとしても、処分権者としては、必ずしも共同墓地経営者の全員について一律に許否の判断をしなければならないものではなく、その法律関係を合一的にのみ確定しなければならない理由は存しないから、本件不許可処分に対しても各別に不服申立てをし得るものと考えられる。そして、原告についていえば、本件墓地経営の全体について許可申請をし、これに対して一括して不許可処分がされたのであるから、その全体について不服があるものとして処分取消しの訴えを提起できるものというべきである。

そうすると、被告の本案前の主張は採用することができず、原告適格を肯定できるものというべきである。

二  処分理由の適否について

1  法一〇条一項が墓地等の経営について所轄行政庁の許可を要するものと規定した趣旨は、墓地等の経営の許否を行政庁の裁量的判断に係らしめることにより、墓地等の管理及び埋葬等が国民の宗教的感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われるようにするとの法一条に掲げられた目的を実現することにあると解される。そして、法一〇条一項は墓地等の経営の許可基準を明示していないが、墓地等の経営は、公益に密接に関連する事柄ではあるけれども、国や地方公共団体等の行政主体のみがなし得るというわけではなく、本来的には国民各自においてその宗教的心情の発現として自由になし得るものであると考えられることに徴すれば、右規定をもって行政庁に墓地等の経営の許否についての自由裁量権を付与したものと解するのは相当でなく、許可基準を明示しなかったのは、墓地等の経営は、すぐれて公益性を有するものとして、公衆衛生その他の見地からの専門的判断を要するとともに、宗教・宗派の別や各地方の風俗習慣、地理的条件等に強く依存する面を有しているので、一律の許可基準になじみ難いとの法技術的な制約が存することによるものであり、法は、行政庁において前記のような法の目的・趣旨を踏まえた上で、公正妥当な適用を図ることを期待しているものと解すべきである。そうすると、行政庁が具体的事案において、墓地経営の許否を決するに当たっては、法一条掲記の目的に照らし、かつ、判断権が行政庁に付与された趣旨にかんがみ、合理的な判断を行う必要があるものといわなければならない。

2  ところで、前判示のとおり、被告は、本件不許可処分に当たっては、墓地の経営主体に関する前記の行政解釈に依拠し、かつ、墓地と人家等ふくそう地との間の距離制限に関する施行規則の規定を適用して申請の許否を決したものである。

そこで、これらの基準の合理性について検討すると、まず、墓地の経営主体に関し被告が援用する行政解釈(前判示第二の二の2(一)並びに乙第一号証及び第四八号証参照)は、要するに、原則として地方公共団体が墓地を経営すべきであり、やむを得ない事情が存する場合には宗教法人や公益法人等による経営も許されるが、個人が設置運営する個人墓地は極めて例外的な場合に限って許可されるべきであるとするものである。墓地の経営は本来的には国民の自由になし得るものであるとしても、これが国民の宗教的感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地からも支障のないものとするためには、墓地が無秩序に各所に散在したり、墓地の管理が継続的かつ適切に行われなかったり、墓地経営が過度に営利追求の手段として行われたりするなどの事態は極力避ける必要があろう。このような見地からすれば、墓地の設置が秩序をもって行われ、かつ、その管理運営が健全な事業(過度に営利的でない事業)として永続性を持って行われるべく、公益的かつ永続的な団体である地方公共団体を原則な墓地の経営主体とすることには合理性が存するものというべきである。そして、公益法人や宗教法人についても、所轄行政庁による適切な管理・監督によってその墓地経営が健全な事業として永続的に行われることを確保しやすいので、経営主体として右の二種の法人を付加することは妥当である。しかしながら、右の二種の法人でなければ、経営の健全性と永続性とが確保できないわけではなく、他の法人や自然人であっても、法一八条及び一九条によって行政庁に付与された管理・監督権限の適正な行使により法の目的を達成することが可能である。そうすると、公益法人でも宗教法人でもないという形式的理由のみから、その他の法人や自然人の経営主体としての適格性を一律に否定することは、法の目的を達成するための経営の健全性及び永続性の確保という観点からみても、合理的な制限の範囲を逸脱しているといわなければならない。もっとも行政解釈は、例外的に個人墓地を認める場合として、墓地の設けが全くなくこれを新設する必要があるときや既存の墓地を利用できないときを掲げているけれども、前記の観点からすれば、個人経営の墓地をこのような場合に限局しなければならない理由は存しない。

以上によると、前記の行政解釈に依拠して、本件墓地経営が経営主体に関する基準に適合しないとして不許可処分をすることは許されないものというべきである。

3  次に、距離制限に関する施行細則三条二号の基準については、法の目的とする国民の宗教的感情への適合、公衆衛生上の支障の排除という面からみれば、付近住民の衛生及び心理の両面にわたる居住環境への配慮等から、人家等にふくそう地への墓地の接近を避けるべく設定されたものと解されるのであり、そのための間隔としても、一般的にみて二〇〇メートルというのは妥当な距離である。しかも地勢の状況により公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認められる場合には右基準によることを要しないとして弾力的な運用を可能にしているのであるから、法一条掲記の目的に照らし、合理的なものということができる。そして、墓地の経営が宗教的心情の発現という一面をも有していることは否定できないが、他方、それは単なる内心における信仰等とは異なり、外部的な行為である以上、付近住民の宗教的感情への配慮及び公衆衛生上の支障の排除という要請から一定の制約があることはやむを得ず、右のとおり距離制限を置くこと自体には合理性が認められるのであるから、これをもって信教の自由の侵害とすることはできない。

そこで、具体的に右許可基準を適用して本件墓地経営を不許可とすることの妥当性について検討すると、同第一号証の二四、第一二号証の一ないし七、乙第三号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、本件墓地経営の対象地である本件土地は、人家等の多数所在する地域と二〇〇メートル以上隔たっておらず、むしろ人家に隣接しているといってもよい場所であることが認められる。そして、今日においては火葬が一般的であるとしても、例えば供え物の腐敗による悪臭や蠅、蚊の発生等、墓地固有の公衆衛生上の問題点は依然残っており、人家に隣接する墓地の場合は公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないとはいえない。この点に関し、原告は、周囲の状況からして本件土地は墓地の最適地である旨主張し、原告本人尋問においても、周辺は墓地ばかりで諏訪藩主の墓所もあり墓地とする以外ない土地である旨供述し、前掲各証拠によっても、本件土地の周辺には右のような墓地が存在することが認められるけれども、既存の墓地を拡張する場合であっても改めて付近住民の利益等との間で調整を図ることが必要となるのであるから(法一〇条二項によれば、既存墓地の区域を変更する場合にも行政庁の許可が必要であるし、施行細則三条各号の要件も墓地の「新設及び拡張」のための要件として規定されている。)、周辺に墓地があるからといって直ちに当該土地における墓地経営が許可されなければならないとすることはできない。また、右に判示したような立地環境に照らすと、本件土地については、前記の「地勢の状況により公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がない」と認めることができないことは明らかである。

そうすると、墓地の距離制限に関する前記許可基準を適用して本件許可申請を不許可とした本件不許可処分には、合理性に欠けるところはないというべきである。

三  まとめ

以上の次第で、本件不許可処分は、その理由とするところに一部問題があるけれども、原告からの墓地経営許可申請を不許可としたことは結論において正当であるから、結局処分自体は適法であり、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙 〈省略〉

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